流動性の分断化:次はアジアの番か?


フィデッサの戦略部門担当ディレクターであるステーブ・グロブは、欧米市場では流動性の分断化が進行していますが、その一方でアジア市場においては金融技術の進捗や規制の動向も地域内で一枚岩ではないため、多様性を有するアジアの市場は独自の道を進むと予測しています。
流動性の分断化により、米国および欧州における株式取引の様相は激変しました。各国の主市場(従来取引所)による独占状態が破られ、数々のダークプールや代替執行市場が台頭することで、市場参加者の役割が変わりました。同時に、取引所、ブローカー、バイサイドそれぞれが新しい流動性を求めて競い合っているため、以前は明確であった3者間の区別が徐々にあいまいになってきています。次世代の勝者と敗者が今まさに、形成されつつあります(トレーディング技術を「持てる者」と「持たない者」の差)。先進的市場参加者は果敢に流動性分断化に対してチャレンジし、そして逆に分断化を自らの「強み」に変えつつあります。
本稿では、流動性分断化という観点からアジア市場において今後、何が起こるのかについて検証していきます。もちろん、広くアジア全体を見渡すとその取引環境は国や地域によって異なる点があります。その一方で、欧州や特に米国では取引環境はより均一であるといえます。最も顕著な点としては、欧州や米国にあるような規制がアジアには存在しないという事実です。にもかかわらず、アジア地域では多くの場所で市場構造の変化を示す数々の出来事がすでに発生しています。そしてそれによって流動性分断化は本当に定着するのか、どのように拡大するのかに関心が集まっています。また、既に分断化が進んでいる世界の他の国々と同じように分断化が進行するのか、あるいは全く異なるペースで進行するのかという点も焦点となります。
米国のレギュレーションNMS(全米市場システム規制)、および欧州のMiFID(金融商品市場指令)は、取引の透明性を確保するために制定された法令であり、これにより「最良執行」というコンセプトが個人および機関投資家の双方に定着しました。というのは、この2つの法令により、既存取引所の寡占状態が消滅すると同時に、株式のセカンダリー・マーケットを提供することだけに特化した低コストの代替執行市場が形成されることとなったからです。これら代替執行市場では、上場審査や取引報告・監視といった既存取引所が担う「取引」以外の業務を行う必要がないため、より低コストで運営することができます。また、最速のパフォーマンスを持ち、より低コストで運用できる最新のマッチングシステム技術にも投資しています。その結果、米国ではECN、欧州ではMTFが積極的に取引量を集め、現行の取引所は油断できない状態となりました。さらに、代替執行市場では手数料の「メイカー・テイカー・プライシングモデル」を導入していますが、これはマーケットメイクにより流動性を提供する参加者にはリベートを与え、流動性を取りに来る参加者には手数料を課すという手数料ル体系です。
これらの代替執行市場の多くの流動性は、Getco、Citadel、Optiver、KnightなどのHFT(High Frequency Trading:高頻度取引)を中心とした電子的流動性提供者により支えられています。これらの市場参加者はその電子取引技術を駆使することにより異なる執行市場間の価格および取引手数料の若干の差異を狙って利潤を上げています。TABBグループの調査によるとHFT市場参加者は、米国では株式取引量の5割以上、欧州では3-4割程度を占めていると見られています。
こうした背景の中、大手証券会社は「社内クロス(ブローカー・ダークプール)」に力を入れ、その一方で、既存取引所や他の代替執行市場は「ダークプール」を自ら設立しています。今日では欧米株式の多くがダークプールtラおイトプールの双方で取引されています。フィデッサが提供するフラギュレーター(流動性分析ツールwww.fragmentation.fidessa.com)によりますと、例えば、FTSE100およびDAX指数から構成される株式は、毎日15以上の取引所・代替執行市場で取引されています。このように市場の数が急増していることから、証券会社の間ではスマート・オーダー・ルーティング(SOR)の採用が進んでいます。SORを装備することで、顧客に対して自社が最良執行もしくは他より優れた執行を確実に行っていることを証明できるからです。以下の図は、こうした市場の新たな流動性構造について示しています。
日本について
これまでにもアジアには日本のSBI JapannextやKabu.comといったPTS(私設取引システム)があるように、ブローカーのクロッシング・ネットワークは存在していました。しかし、数々の新たな取り組みによって、アジアの分断化度合いは劇的に加速することになりました。最初の事例は、東京証券取引所(TSE:東証)によるアローヘッドの導入です。これは次世代の株式売買プラットフォームで、これによりいまや日本の主要取引所である東証は他の世界中の取引所とスピードの面では肩を並べる水準となっています。これは、当初から欧米の分断化を推進する役割を担ってきたHFT参入への門戸を開くことになりました。今年の7月、欧州で最も成功している代替取引所のひとつであるChi-XがChi-Xジャパンを開設し、日本での運用を開始しました。世界的にも著名な代替取引所の日本市場への参入は、他の代替取引所の呼び水となるでしょう。
こうした事実は、日本のブローカーもよりよい執行機会を探求するために必要なSOR技術に投資を行っていることを意味します。皮肉なことに、SORシステムへの切り替えが進むほど分断化が加速されることです。この雪だるま効果により、SORのルーティン・テーブル上でPTSが最適の執行市場と認識される可能性が高まり、そのプラットフォーム上での流動性はさらに向上することとなります。代替取引市場は、プライマリー・マーケット(主市場)における株価に関連して上下する連動型注文種別(pegged order)を導入し、成功させてきました。このように、トレーダーは
代替取引所を利用して取引コストを抑えつつ、かつ主市場で取引しているかのように執行することが可能です。

日本の将来を断言するのは時期尚早ではありますが、恐らくこれら市場環境の変化が、HFTコミュニティと高速売買プラットフォーム、さらに導入されつつあるSOR技術を結びつけることになると考えられます。
 
オーストラリアについて
 
オーストラリアでは、絶好の機会が訪れました。2009年8月、金融市場の規制監督官庁が、プライマリー・マーケットの運営者であるオーストラリア証券取引所(ASX)からオーストラリア証券投資委員会(ASIC)に移りました。これは、Chi-X等、現在申請中の代替執行取引所の認可がいまやほぼ確実になったことを意味します。主市場であるASXはChi-Xの脅威に対抗するために二つの市場を開設しました。ダークプールの Volumematchと低レイテンシーの Purematchです。同時に、その中核となる運営構造の多くの要素を増強し、さまざまな手数料の引き下げを発表しました。しかし、興味深いことに、ASXにとっての競合は、Chi-Xのような純粋な代替執行市場ではなく大手の証券会社の中から現れるかもしれません。というのも、実用的なSOR技術の導入にかかるコストは高く、通常中小規模の証券会社にとっては手が届きません。そのため、大手証券会社が自社のSOR機能をこうした小規模な証券会社に提供することによってASXの前に立ちはだかるかもしれません。こうしたSORシステムでは、できるだけ多くのオーダーフローを内部クロスエンジンによってマッチングされるように設定されており、内部クロスであぶれたフローが取引所に回送されることになっています。
 
シンガポールについて
 
シンガポールでは、Chi-Xグローバルとシンガポール取引所(SGX)間のジョイントベンチャーであるChi-Eastの設立が特筆されます。当初はシンガポール株式のみを取引しますが、その後、全てのアジア株のダークプールを提供する予定です。これは既存取引所であるSGXとChi-Xの機敏な動きと低コストな機能が融合したとても興味深い出来事と言えるでしょう。
欧米のような域内統合法制への動きないにもかかわらず、アジア全体では現実的な分断化のシナリオに結びつくであろう市場構造の変容が進行しつつあります。グローバル大手証券会社は、これまでのダークプールやスマート・オーダー・ルーティング(SOR)など、最良執行の実現のための投資を最大限に活用しつつ、アジア市場での戦略を展開しています。
しかしながら結局、投資家は実際に取引がしやすくなっているのでしょうか?米国と欧州の結果はさまざまですが、どちらの市場においても競争の激化に直面したことにより、取引コストは低下しています。HFTプレーヤーにとっては取引機会が増えることになるため、全体の取引量も概して増えています。一方で、公平で信頼性が高く、タイムリーな情報(それに基づいて実際に株式の取引が行われる)を入手することが段々困難になってきているため、取引後の処理および取引の透明性は損なわれつつあります。
こうしたことを念頭におくと、これからのアジアの分断化経験が、投資家にとってどのような結果を与えることになるのか、非常に興味深いところです。特に、域内の統合的規制体系が存在しない状況がどのように影響するでしょうか。
これに関しては、時間が答えを教えてくれるのを待つしかないと思われますが、と同時にひとつだけ確かなことがあります。アジアの市場参加者が、新興勢力である代替執行市場に対応しその取引上の多様性に対応するには、多様な執行市場間の流動性分析を行う標準の尺度・分析手段を有することが必須となるでしょう。

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