大いなる変化

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By Mihai Bistriteanu
本年2010年1月に稼働した東京証券取引所(以下 東証)によるarrowhead の導入は、日本の株式トレーディング業界における最も重要な出来事と言っても過言ではない。この新システ導入によってもたらされる市場の構造変化については数多くのメディアが報じている。ここでは、arrowhead導入による取引パターンの変化や、それに伴う機会や困難について論じてみたい。
「レイテンシー」、「出来高」、「取引サイズ」、および「価格と呼値」は、2010年の日本におけるトレーディングにもたらされる、劇的な変化を象徴するキーワードである。
低レイテンシー
東証のレイテンシー向上は長らく待ち望まれていた。東証が約束していたように、コロケーションを使用しない状況で一ミリ秒のレイテンシーが現在、実現されている。いくつかの興味深い傾向が低レイテンシーによって起き始めている:

  • 低レイテンシーのインフラを必要とするストラテジーを日本株へ適用することが容易になった
  • 東証とクロッシング・エンジンをSOR内で統合的に扱うことが容易になった

Arrowheadが導入された理由の1つとして、日本における市場・取引所間競争の激化が挙げられる。PTS(私設取引システム)やブローカー・ダークプールは、スピードと価格において競争優位性を持っていた。にもかかわらず、主市場以外で得られる流動性は、欧州や米国と比べてまだ少ない。
大半の賢明なバイサイドの投資家が、東証における流動性を逸することを避けるために、SORの使用を控えてきたことが一因であるが、これはとりもなおさず、東証のレイテンシーが大きすぎたためだった。キュー・ジャンピング機能を持つ標準的なマッチングのシステムにおいては、複数の市場に複数のスライス送信を行う。そして、自身のクロッシング・エンジンでクロス相手が見つかった場合には、その他の市場にキャンセルをリクエストして、キャンセル通知をそれぞれの市場から受け取ってから初めて執行を行う。この仕組みのボトルネックは、クロス相手が見つかった際の、取引所からの通知のレイテンシーにあったといえる。同様に、SORはIOC注文(Immediate Or Cancel 即時執行を試み、出来なければ取消の意)を、主市場を含め複数の市場に送信する。一つの市場が遅いとシステム全体の遅延が生じ、迅速な価格変化に対応できなくなる。
他の競合チャネルと同等以上の処理速度を持つに至った東証の存在は、上記のような流動性統合のツール使用に好影響をもたらすと考えられる。結果として、代替執行市場の流動性向上に繋がるかもしれない。また逆に、ブローカー・ダークプールやPTS は、レイテンシー、価格、流動性等の全ての要素において優れていなければ、日本市場において今後成功することは難しいだろう。
出来高と取引サイズ
Arrowheadのサービス開始後、出来高の増加が少しずつ始まっている。この記事を書いている現在でも出来高の成長率は上昇している。我々は数ヶ月の間に出来高の増加が飽和状態に至ると見ている。この出来高の増加の主たる要因としては、年初であること、市場が回復過程にあることなどの市場の一般的な要因をあげることももちろんできるが、ハイスピードを利用した新しいストラテジーも重要な要因であろう。
取引サイズの縮小は、電子取引増加の自然な帰結である。この傾向は実は過去何年も続いて起きていることではあるが、今回の違いはその変化が急激なことであり、連鎖反応的に発生していることである(図1)

  • 高頻度取引( H F T )のモデルに基づいた新しいフローにおける小さなオーダーによる、平均取引サイズの縮小
  • 市場の平均オーダーサイズのデータに基づいてスプリットを行う既存ストラテジーによる、さらなる取引サイズの縮小
  • マニュアル執行が困難となり、アルゴリズム取引を多く利用することになったトレーダー達による、さらなる取引サイズの縮小

処理データは劇的に増加し、フロントオフィスからバックオフィスにいたるまで、拡張性を備えたシステムへのさらなる投資が必要となる。(取引所による見込みによればすでに今年1月のデータ量は昨年12月に比べて3.5倍に膨らんでいるそうである。)
価格と呼値
急激な価格変化に対して、出来高がもたらす影響は以前よりも大きなものになっている。例えば、1つの大きなオーダーが入ると、ごく短い時間で株価が「ストップ安」になったりまた元の水準に値を戻すということが起こり得る。図2は1月7日における或る銘柄の値動きの例である。このような変化は、取引所の付合せスピードがそれまで3秒に一回であったのが、即時処理になったことによってさらに増幅されている。また、出来高追随型ストラテジーのスピードがより速くなり、出来高の急激な変化に追随しようとすることによる影響も重要である。

ひとたび大きなオーダーによって株価が動かされると、すぐに起きることは突然のビッド/アスクスプレッドの拡大である。この現象を利用することにより、出来高の急激な変化の直後に執行を行うことを避けることができるかもしれない。とはいうものの、日本の市場においては、板の厚い銘柄に関して、多くのストラテジーがスプレッドをクロスしないで済む範囲で最大限、板上での優先順位を確保しようとする。つまり、たった2つの似た動きをするストラテジーが同じ銘柄について動いているだけで、スプレッドが瞬時に狭められるということが起きうるのである。例として、図3にあるようなケースを想定してみよう。100円ビッド、101円アスクという板に大きな売注文が入り、96円(-4%)まで株価が動いたとする。仮に、101円に2つの似た動きをする売のストラテジーがあったとしよう。単純化のためここではそのストラテジーを「優先順位確保ストラテジー」と呼ぶことにする。両方のオーダー(それぞれ100株)は常に最大の優先順位を確保しようとして、他の注文より前に出よう(指値を下げよう)とする。スプレッドの拡大の後すぐに、自らがアスクとなって優先順位を確保できるように一つのオーダーが指値訂正を行う(図3では98円)。すると、そこですぐにもう一つのオーダーはさらに一歩前に出ようとして最初のオーダーの1ティック下へと指値訂正を行う。結果として数ミリ秒の間に、スプレッドは最も縮小され95/96円となってしまうため、一時的かつ急激な株価変化の判断にスプレッド拡大の情報を利用することは難しくなってしまう。最終的には、株価は100/101円よりも4%下で相当の出来高が発生したのちにもとの水準に戻ることになる。
こういった状況で、トレーダー達は、望ましくない価格帯で関与しすぎることを避けるために、I SやPOV(Participation of Volume)といったストラテジーよりも短時間で設定されたVWAPを重宝するようになってきている。つまり、過去数年に渡って続いてきた、VWAP/TWAPからISやその他、流動性確保型ストラテジーへのシフトが、この一月は逆行したといえる。
より洗練された反ゲーミングのロジックや、価格の急激な変化に効果的に対応できるロジックがまもなく利用できることになるであろう。そうなれば、ISや流動性確保型ストラテジーへのシフトが進むに違いない。
スプレッド
トレーディングコストにおける最も好ましい変化としては、執行コストとビッド・オファーのスプレッドの間には直接的な関係があることが挙げられる。平均的なパフォーマンスのVWAPエンジンの執行コストはスプレッドの約20%だといわれている。
日経平均構成銘柄のスプレッドの平均値が25%縮小されれば、それに比例してトレーディングコストが小さくなる効果が生まれる。2000円から3000円の水準にある銘柄にとっては5倍もスプレッドコストが減少したことになるので、これは大きな変化である。

結論
東京証券取引所の新システムarrowheadの稼働により、我々は市場のマイクロストラクチャーの急激な進化を目の当たりにしている。スプレッドが縮小し、平均的な取引サイズも低下、トランザクション数とマーケットデータの量は増大した。最も重要なことは、旧来のマイクロストラクチャーの特徴であったビッド・オファーの厚い銘柄において、比較的小さめのビッド・オファーとその1~2ティック後ろにより厚い板が見られるようになったことである。この従来よりも効率的になった市場環境においては、より効果的なトレーディングを可能とするシステムに投資を行う市場参加者は、単純に旧来のシステムを新しい市場につないでいる参加者に比べて極めて大きな優位性を手にすることになろう。